下町フネ子の子育て、通院、時々仕事

ある日突然、目に悪性リンパ腫があると告げられた2児の母のブログ。これから起こるであろういろんなことを、前向きに乗り越えたい。

わからないことの辛さ

初めてがん専門病院を紹介されたときはポカーン、という感じで、家族に報告するときも他人事のように話していた。

その後、色々調べようとすると、何もわからない。

初診の日をただひたすら不安に待つ日々。

そして初診。

そこでも何もわからない。

検査結果は明日。

ブログを打つ手が震えている。

勤め先の先輩に恐る恐るメールした。
責任ある立場にいながら、昨年婦人科系の悪性腫瘍の治療を乗り越えられた方。

昼休みだったこともあってか、ものの数分で

気持ちが痛いほどわかるよ。大変だね。私と話すことで力になるならいつでも言って。

との返事が。

救われた。
思い切り泣いてしまった。

なんでもネットで調べれば、真偽はさておき溢れんばかりの情報が出てくることに慣れきっている中、私の病気のことを調べても、出てくるのは以下のみ。

○おそらく元ネタは同じ人が書いたであろう一般向け記事数件
○学術論文、学会誌数件

英文の論文もチラ見したけど、専門用語がわからず諦めた。

人生の中には「結果待ち」の場面がいくつかあるけれど、「ダメだったらダメだったでどうにかなる」タイプのものと、そうでないタイプのものがある。

今回は後者。

「ただひたすら、無心で待つ」ことなんてできない。無理。

そんな私を、家族が見捨てないでいてくれてるのがせめてもの救い。

日常の匂い

子どもたちを自転車に乗せて
生ぬるい風を浴びながら走る

魚の焼ける匂い

どこかのおうちから漂うシャンプーの匂い

みんなそれぞれ、いろんな日常を生きている。
今日も一日がつつがなく終わろうとしている。

感謝。

検査結果まであと2日

子どもたちが泣くと、
私が不安なせいだ、と思う。

すぐに涙が出てくる。

お医者さんの見立てでは
「天寿を全うできるくらい進行の遅い腫瘍」
の可能性が高いと言われたけれど

まだそうと決まったわけではない。

大した病気じゃないかもしれないのに泣いてばかりの私は、弱い人間なんだろうか。

専門医による診察結果 #1

受診当日、娘の高熱が下がらないままだったので、在宅で仕事をしている義母&病児シッターさんに娘をお願いし、朝からバタバタと家を出て来ました。

病児シッターさんのことはまた書きたいと思います。

 

事前にネットの口コミで病院のことを軽く調べたところ、評判は良さそうでしたが「とにかく待つ」とのこと。それもあって、ひたすら急ぐ。

 

病院ホームページの懇切丁寧な道順案内で、迷わず到着。

が。

 

広すぎて初診受付がどこにあるかわからない。

 

うろつくこと1分。受付を発見し、銀行とか郵便局の要領で番号札を受け取る。

数分後、受付から問診票を8枚(!)渡される。

その中には「ここ1週間の気持ちの辛さを表すグラフ」なるものもあり、そんなこと聞かれたら余計参るわと思いつつ、10段階中の「5」で回答。

受付作業完了後は、当院の研究にご協力いただける場合はこの紙に署名してくださいー、みたいな説明を受け、待合室へ。

 

貼ってあるポスターや置いてある本が「がん」一色で、あぁ、私もがん患者の端くれなのね、と複雑な思いに浸りつつ、夫を横にうたた寝しながら待つ(ある種の現実逃避)。

 

視力や眼圧の検査をへて、若い先生による診察。何言われたかあまり覚えてない。

そしてそこから待つこと数十分。専門医の先生による診察。

両目まぶたの裏側を丁寧に診察。

 

先生の説明は、だいたい以下の通りでした。

 

  結膜悪性リンパ腫
図5 結膜悪性リンパ腫
下眼瞼の結膜にサーモンピンク様と表現される隆起病変がみえる。

 

  • おそらく、MALT型と呼ばれる低悪性度リンパ腫であるが、検査してみないとなんとも言えない
  • リンパ腫の診断がついた後で全身検査を行い、他部位に腫瘍があるか検査を行う
  • 眼部だけに腫瘍がある場合には放射線治療を行うことが多く、80%以上治癒する。
  • 切除だけでも長期間寛解することがあるので、治療方針はよくよく相談させてほしい。
  • 悪性リンパ腫の診断がついた場合、眼以外の部位だと胃粘膜や骨髄などにも病変があるかを調べる必要があるため、念のため次回予約は血液内科とセットでとってほしい。

 

引用サイト

眼腫瘍 << 国立がん研究センター

 

検査のためには、目の症状が出ている部分を切り取る簡単な手術をする必要があり、今すぐでもできる、というので、じゃあお願いします、と言いました。

心の準備も何もなく怖かったですが、目には布を被せ、余計なものが見えないように最大限配慮してくださいました。麻酔の目薬&注射も打ちましたが、切り取る瞬間は結構痛かったです。術後、眼帯をして終了。

大したことない手術でしたが、片目しか見えない状態に慣れないこともあり、タクシーで帰宅しました。家についた後、どっと疲れが出て、そのまま寝てしまいました。

 

保育園から帰って来た息子は、私の眼帯を見ても動じることなく、

「ママ、おめめどうしたの?」

と尋ねてきました。

ちょっと今日、目を切っちゃったんだー。でも、明日になったらばんそうこうとっていいんだよ、と伝えると

「そっか、ねればなおるんだね!ママ、心配しなくてもいいよ」

 

…そうだよね、寝れば何だってよくなるよね。

息子の味わい深い励ましに、癒されました。

仕事を無理やり休んで、呆然とするばかりで何も先生に質問できない私を助けてくれた夫と、仕事をしつつ高熱の娘の面倒を見てくれた義母にも、心から感謝。

診察室に入ると頭が真っ白になる問題

先日、大病院の専門の先生のところで受診して来ました。

その詳細は別記事にまとめるとして、次回受診に向けて準備できることがないかと色々と調べていたら、興味深い記事を見つけました。

toyokeizai.net

これは笑い話ですが、実際に皆さんも、診察室や病棟での医師との会話で思考停止状態になって、本当のことを伝えられずにその場をやり過ごしてしまったという経験はありませんか?

…笑い話というか、普通にあります。自分の時も、子どもの時も。嘘をついたり隠し事をしようというつもりはなくても、忙しそうなお医者さんを前にすると、いろんなことを言い忘れるんです。

同じ特集の別記事で、こんな記述もありました。

toyokeizai.net

病気発覚後の患者には、次から次へと疑問がわいてくるのです。「わたしの病気は、一体どんなものなのだろう」「私の状態はどの程度なのか。その病気に対してどんな治療法があり、それにはどんな副作用がある?」「これからの経済的な負担はどうなるのか」「仕事は続けられるのだろうか」(中略)

それでは、今までの医療はどんなものだったのでしょうか。それは専門家に患者が「お任せ」する、依存的な医療であったということができます。患者は受け身で説明を受け、ただ同意をするだけ。医師のいうことには逆らえません。(中略)

1956年に、米国のサッシュ博士とホレンダー博士が論文に発表した医師(医療者)と患者関係のモデルによれば、病気の種類や状況に応じて、医師と患者関係は変わってくることを予言しています。


この表が作られたのは、60年も前のこと。それにもかかわらず、日本では現時点でやっと「説明ー協力」の関係の医療が出来つつある段階であり、まだ「協働作業」の医療は実現できていないことに驚かされます。(中略)

患者の側も医療者の側もその準備が充分にはできていないのが、現在の状況ではないでしょうか。

 今の段階で、この記事を読めて本当に良かった。

「どうしていいかわからない」と途方に暮れるのではなく、患者の側にできる準備作業として、これからは以下のことをしようと思います。

  • 調べる(一人ではなく、家族の力も借りる)
  • 整理する(限られた時間で、先生に何を確認したいのかを明確にする)
  • 治したい!という意思を持つ(病気になった、情報がない、という不安要素に支配されると、案外忘れる)

幸い、先生は繰り返し「治療方針については、一緒に相談していきましょうね」と、私たちと同じ目線でいてくださっている印象です。こちら側がしっかり準備しないと、せっかくのこのような先生の姿勢も無駄になってしまう。

病気を治すにも、努力が必要だ、ということを肝に銘じたいと思います。

親の不安は子どもに伝わるのか?

私の目の病気がうっすらと発覚したのは7月下旬のこと。

 

6月ごろから、「なんか目が赤いなぁ」と思い近所の眼科に通い始めたが、当初から先生の反応は芳しくなかった。

 

「もしかしたら、普通の炎症じゃないかもしれないので、また2週間後に来てくださいね」

 

はーい、と返事しながら、自覚症状も大してないし、日常にかまけて目薬をろくにさすこともせず、受診から3週間くらい経過して「あ、そういえば眼科行ってなかった」と思いなんとなく再受診。

 

先生「やっぱり、良くなってないですね。目の中でリンパ球が異常に増殖している可能性があるのですが、私もこれまでの経験で数回しか見たことがありません。この近隣で一番症例が多いのが(某がん専門病院)なので、そちらを紹介します。命に関わるものではありませんから」

 

え?今なんつった??

 

事態がまるで飲み込めませんでした。

 

帰り際、受付で「先生に、日常生活で気をつけるべきことがあるか聞き忘れてしまったのですが」とかろうじて質問したところ、「特にないですよ」との回答。

 

そして、トボトボと家に向かい、眼科でもらったメモを手に、紹介先の病院へ恐る恐る電話。

 

事務の人と話しながら、そこは、ガチで、がん患者向けの病院であるという事実に直面。

 

その後、先生から聞いたキーワードでひたすらネット検索。

 

「目 リンパ 増殖」

 

結果に飛び込んで来たのが「悪性リンパ腫」の文字。

 

悪性…??

 

出て来たページはどれも、専門職向けのものばかり。「治癒可能」とも書いてあるし「全身に転移する可能性がある」とも書いてあるし、まるで解読不能。

 

ひたすらに不安が増幅していきます。

 

とりあえず、職場の夫に電話しました。驚かないで聞いて欲しいんだけど、と切り出し、事実を伝えましたが、言葉を失っていました(そりゃそうだ)

 

その後、娘(0歳)が熱を出しました。続けて、息子(4歳)も熱を出しました。娘の熱が下がった後、私も、高熱を出しました。私の熱が下がったら、また、娘が熱を出しました。

 

子どもの看病と自分の体調不良が重なったので、実家の母を呼びました。その時、母にお医者さんから言われたことを話しました。その日の夜、気が動転した父から電話がかかって来ました。

 

父「大丈夫なのかっ!?」

 

大丈夫かなんて、わかんないよ。私が一番知りたいよ!今息子も横にいるんだから、その話はやめてっ!

 

そう叫んで、電話を切りました。

 

前後関係は良く覚えていないけれど、夫にも、

「私、死んじゃうのかな」

「子どもたちの面倒、誰が見たらいいんだろう」

「目が見えなくなっちゃうのかな」

と、泣きながら思いのたけをぶつけてしまいました。

 

夫も、泣いていました。

 

妊娠出産の時も色々なトラブルを経験しましたが、近所の眼科で診断された直後は、その時とは比べ物にならないほどに不安な感情が渦巻いていたように思います。

 

だから、子どもたちの体調不良が続いたことは、きっと偶然じゃない。

けど、調べても調べてもわからない事態に直面した時に平静を保てるほど、私はできた人間ではありません。

 

辛い思いをさせた家族には申し訳ないけれど、私にできる唯一のことは、一日も早く事実をはっきりさせること。

 

私の体調不良によるリスケを経て、地元眼科での紹介状発行から2週間以上たった後、やっと専門病院の受診に至りました。

 

長い、長い2週間でした。

【はじめましての】4年ぶり何度目かのブログ開設【自己紹介】

はじめまして。下町フネ子と申します。

 

かれこれ15年前から、趣味でホームページ作ったりブログ書いたりしていたのですが、最近は日常に追われ、もっぱらSNSのチェック(ほぼ見るだけ)にとどまり、好きだったはずの「書く」ことから遠ざかっていました。

 

では、なぜ書こうと思ったのか。

 

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